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自然災害のはなし

自然災害のはなし

株式会社中央土木コンサルタント 北園研究室

熊本大学名誉教授 北園 芳人

「天災は忘れた頃にやってくる」と寺田寅彦が使ったといわれているが、彼の随筆の中には出てこない。彼の弟子の中谷宇吉郎が、寅彦死後の1938年、朝日新聞に「天災」と題する文章を発表した1)。そしてこの中で、以下のように綴った。 「天災は忘れた頃に来る。 之は寺田寅彦先生が、防災科学を説く時にいつも使われた言葉である。そして之は名言である」2)。 この中谷の記事が、この言葉が文字として記載された初めての例であると考えられている。つまり、防災の話の中ではよく使われたが、文章として書かれていたわけではなかった1)。だから寺田寅彦がよく使っていたことに違いはない。これは彼が関東大震災(1923年9月1日)を経験して、寅彦は、その後に書かれた随筆でも防災について記述し、文明が進むほど自然災害の被害が増大することを指摘し、「災害を防ぐには、人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力する外にはないだろう」と述べ3)、天災による被害を忘れることへの危険性を訴えた。

寺田寅彦は随筆の中で、災害に対して教育によって対応しなければならないとして、防災教育の必要性を述べている。例えば「『地震の現象』と『地震による災害』とは区別して考えなければならない。『現象』の方は人間の力ではどうにもならなくても『災害』の方は注意次第ではどんなにでも軽減され得る可能性がある」4)。つまり、災害は自然現象ではなく社会現象であるから、教育の拡充と社会分析がなければならないということになる1)。洪水や土砂崩れについてもそれらが発生しても、そこに誰も住んでいなければ、被害や損失を受ける者は出ないため、『災害』とは呼ばれない5)。ただ、これは自然現象に過ぎない。この自然現象自体を止めることはできない。そのために、自然現象によって発生した災害について、被害の大きさと対処方法を学んでおく必要があるということになる。

災害の要因は大きく2つある。災害をもたらすきっかけとなる現象(地震や洪水等のような外力(hazard))を『誘因』という。これに対して、社会が持つ災害への脆弱性(都市の人口集積)、あるいは社会の防災力(建物の耐震性や救助能力)を『素因』という。災害は防災力(素因)を超える外力(誘因)が作用した時に生じる。外力が同じ規模でも、社会の脆弱性や防災力の高さが災害の様相を大きく変える。災害は社会が経験していないあるいは忘れているような大きな災害が、いつかはやってくる。そして、経済性などの限界により、災害を抑止する施設を無限に強化することはできない5)

災害は、社会、あるいは個人の生命や財産に対するリスクである。リスクマネジメントの観点で見れば、防災は災害に直面した時に自らの生死を分ける厳しいものであるにもかかわらず、普段の生活の中ではどこか縁遠いものと感じてしまう傾向にある。これを防ぐには、身近な地域の災害リスクについて具体的に理解を深めたりすることが必要である6)。災害時に避難を判断しようとする場面において、生存のために望まれるのは、自主解決により自分の命を守る最善の努力をしようとすることであり、防災教育を通して災害時の柔軟な判断を可能にすることが必要である7)。大きな災害を経験したとしても、経験を伝承する先人の言葉や教訓は次第に忘れ去られ、風化していくのが常である。津波被害を受けて高台に移転しても、より便利な海辺へと次第に回帰し、再び住居が建てられるようになった地域もある6)

災害の防止策は大きく2つに分けられる8)

1.被害抑止 被害が生じないように講じる対策

2.被害軽減 被害が生じてもそれを少なくし、立ち直りがスムーズになるよう講じる対策

これらに加えて、誘因たる外力を知ることも重要である。具体的には自然災害のメカニズムやそれを抑止する技術の研究、災害の予測(ハザードアナリシス)、それらの知識の普及(防災教育)である。防災の施策は構造物によって災害の誘因たる外力を防ぐハード面の対策と知識や制度により災害の素因たる防災力を向上させるソフト面の対策に二分される。外力が小さければ大部分をハード面の対策で防ぐことが可能だが、外力が大きくなるほどソフト面の対策が果たす役割が大きくかつ重要になってくる8)

ソフト面の対策としてよく「減災」という言葉が使われる。災害時において発生しうる被害を最小化するための取組みである。防災とは災害が発生した後のことを重視しているが、減災で重要なことは発生前の平常時に如何に被害を減らすために対策を講じるかである。被害の最小化を図る(人命が失われるという最悪の事態だけは何としても避ける)。これが減災の発想であり、理念である。災害時に最も被害を受けるのは地域に住む住民自身である。それだけに、近年は行政と住民が協働で地域の防災力を向上させようという防災まちづくり事業が多くの市町村において取り組まれつつあり、減災は防災まちづくりの戦略として浸透してきている9)

近年は気候温暖化が進んでいると言われ、災害を起こす外力が大きくなっているといわれるが、本当にそうだろうか。過去にそのような災害が発生したことはなかったのだろうか。我々が、そのような災害を忘却しているのではなかろうか。そこで、この『熊本の自然災害のはなし』で、私が経験や調査・教訓として学んだ熊本の災害を中心に自然災害について振り返ってみたい。皆さんが災害の記憶を呼び戻し、減災に役立てていければ幸いである。寺田寅彦の説いた「人間はもう少し過去の記録を忘れないように努力しなければならない。」を思い出して!

 

参考文献

1) 初山高仁:「天災は忘れた頃来る」のなりたち、『尚絅学院大学紀要』第73巻、尚絅学院大学、2017年
2) 朝日新聞 1938年7月9日第7面
3) 寺田寅彦:「地震雑感 津波と人間」寺田寅彦随筆選集、千葉俊二、細川光洋編、中央公論新社、2011年7月
4) 寺田寅彦:「災難雑考」寺田寅彦全集、第7巻、岩波書店、1997年
5) 林春夫:「災害をうまくのりきるために-クライシスマネジメント入門-、「防災学講座第4巻防災計画論」
6) 岡田憲夫:「住民自らが行う防災-リスクマネジメント事始め-」、「防災学講座第4巻防災計画論」
7) 堀井秀之・片田敏孝:「自主解決の支援」、「安心・安全と地域マネジメント」
8) 河田惠昭:「危機管理論-安全/安心な社会を目指して-」、「防災学講座第4巻防災計画論」
9) フリー百科事典「ウイキペディア(Wikipedia)、減災・概要